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 |社長のプロフィール|

私、adeptの社長、佐藤泰紀は自分ではどこにでもいる単に車好きのおやじだと思っています。

子供のころのアルバムを見ると最初に登場する車は母のコロナ、
当時女性でマイカーを持っている人はほとんどいなかったそうです。

記憶にある最初の車はセドリックのステーションワゴン。
今のワゴンブームの先取りですかね。
リアハッチのガラスが電動で上下していたのを良く覚えています。

強烈に記憶に残っているのがフェアレディーSR311、おじさんが持っていたのか、かりて来たのかは覚えていないんだけどリアシートが横向きについていて、その横向きシートでオープンカーにしてドライブに連れて行ってもらったのが楽しくって、どこに行ったとかは覚えていないけど車と風の感触だけ鮮明に残っています。

そして小学校のころ当時は、みんなはまったスーパーカーブーム。
部屋にはカウンタックとフェラーリのポスターでした。

そして免許を取れる年齢になったら当然車にどっぷりはまり、最初に自分で買った車はセリカ2000GT。

ソレックスキャブのデリケートさと格闘しました。

そして某大阪の有名チューナーさんにサーキットに誘われその社長に言われた一言、(佐藤君初めてにしては速いじゃん)でいい気になり勘違いしてレースデビュー。

草レースでいきなり入賞。


さらに勘違いしてフォーミュラーカーデビュー。

ここでも最初は、結構速かったがマシーントラブルでクラッシュに次ぐクラッシュおまけに元来のスピード好きが災いして、免許取り消し。

いつの間にかプロドライバーを目指していた自分はお先真っ暗。

手もとには借金とフォーミュラーカー。

そんなことにもめげず1年後再びレースデビュー。

当時のトップドライバーは服部直貴、和田久、野田英樹みんなが鈴鹿や筑波から西日本に遠征に来て地元の僕たちより速いのが悔しく、鈴鹿へ遠征を決意。


当時地元の西日本でも、ぱっとした成績を残していなかったので、度重なる予選落ちにもめげず、最後にはコースレコード、鈴鹿での優勝をマーク。

その当時のライバルは田中 哲也 渋谷 勉 光貞 秀俊 等など今でもGTなどで活躍しているドライバーも沢山いました。

そしてステップアップしてF3まで乗ったのですが(ドリキンやマッチがF3で走っていたころ)スポンサー難、資金不足でレースをあきらめ、現在のチューニングショップをオープン。

やっぱサーキットを走っていたせいか好きな車はスポーティーな車。

やっぱ車をいじるのは速く、楽しく走りたいから。

モットーは車を楽しく!で自分が経験した事、勉強した事で少しでもお客様の車作りのお役に立てればと今度はお客さんの足回りやエンジンチューンにステージを変え車にかかわっています。

CAYBOY最速決定戦、REV SPEED筑波最速バトル、TIチューニングフェスタなどチューニングイベントにも参加経験豊富なサーキット&ストリート系チューニングおやじです。(ドラッグは苦手なのよね!)


有限会社 adept


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